渋谷の父 ハリー田西の連載小説
「渋谷の父 占い事件簿 不死鳥伝説殺人事件」
〜悲しい結末(5)〜
青木ケ原の富岳風穴に近い、国道139号線から200mほど入った遊歩道脇の林の中で、女性と思われる死体が二体、互いの首を結んだロープで首を吊った状態で木からぶら下がっているのを、青木ケ原樹海のネイチャーガイドツアーに参加していた男性客の一人が発見した。
「ちょっと催したもんで、遊歩道からちょっと横にそれたところに用を足そうと入って行ったら、木から何かが下がっていたんで、びっくりしました。それで、もう慌ててガイドさんのところにすっとんで行ったんです。噂には聞いていましたけど、本当に生でああいうのを見ちゃうとびっくりしちゃいますね。今夜は眠れないかもしれないなぁ」
と、男性客は興奮した口調で語った。
樹海の中でもう20回以上も死体を見ているというガイドの中込伸一は、すぐさま携帯で警察に連絡をとったが、
「遊歩道からちょっと入ったところなので、今回は偶然発見が早かったんでしょうね」
と語った。
青木ケ原樹海での絵に描いたような自殺劇である。
青木ケ原樹海は、富士山の北西にある約三十平方キロメートルの原生林である。近年、マスコミの報道などで"自殺の名所"としてまつりあげられたこともあり、逆に自殺者が急増し、年間百人を超す遺体が発見されるという。
自殺者のほとんどは、借金苦による中高年が多く、自殺をすべく中に入りそこを保護される人間も少なくない。
ところが、現場の検証にあたった山梨県警富士吉田署の検視官から、意外な
事実がもたらされた。
それによると、すんなり(というのも変な言い方だが)心中と思われた遺体には、どちらも索条痕が二つずつついていたのである。
すなわち二人の死は自殺ではなく、何者かによって予め首を絞められて殺され上で、さらに自殺を装って木に吊るされた、要するに二度首を絞められたということになる。死体は死後一週間ほどたっており、現場の状況から見て、どこかで絞殺された後、運ばれてきたと思われる。
これには、またお決まりの自殺だと安易に考えていた富士吉田署も驚いた。
死体の周辺には、心中を装い、二人のものと思われるバッグとクツがきちんと揃えて置かれていたというが、バッグの中には身元を特定できるようなものはなかった。これが他殺であるということは、逆に二人の身元が知れるのを隠したことになる。
富士吉田署では、すぐさま遺体の身元の確認に乗り出したが、ほどなく東京の警視庁捜査一課の藤島管理官から、その二人は、一週間ほど前から行方がわからなくなっている東京在住の二人の女性ではないかという問い合わせがあった。
「そのホトケの一人ですが、いかにも繊細で線が細いというか、ちょうどローランサンの絵にあるような淡い感じの女性じゃないですか?」
「はあ?ローラン?なんですか、そりゃ?」
電話を受けた富士吉田署捜査一課捜査係長を務める赤池警部補も、やはりローランサンの絵は知らないらしい。それで、ハリーの受け売りをした藤島は、
「すみません。とりあえず写真を電送します」
と慌てて言った。
その結果、どうやら遺体は田中星羅と澤井天鵬らしいとわかり、藤島からただちにハリーに連絡が入った。
「えっ?星羅が?藤島さん、それは・・・それって、本当ですか?」
「はい、残念ですが・・・」
「うっ・・・」
ハリーは絶句した。
「とりあえず、現地に向かいましょう。いま渋谷ですか?そちらに寄りますから・・・30分くらいのうちには・・・詳しい状況はまた車の・・・」
一生懸命説明をする藤島の声がよく聞き取れないくらいに、ハリーは動揺していた。心臓がギュッと締め付けられるような痛みを覚え、目まいがして、思わずケータイを落としそうになった。
星羅が死んだ。それも殺されていた。あの繊細で、神秘的で、いつも真摯に運命学を追究していた大切な仲間がもうこの世にいない。
そして、ハリーは、横で心配そうに聞き耳を立てている綾乃に、そのつらい報せをそっと伝えた。
「えっ?ウソ、ウソよ。そんなのウソよ。なんでぇ〜、星羅さんがぁ?ああ〜ん、ウソよ、星羅さ〜ん、わぁ〜ん───────」
綾乃が声をあげて、激しく泣き出した。ハリーも、一緒に声を上げて泣きたいくらいの胸が張り裂けそうな気持ちだった。
またもや天命にからんで、死のカードが切られてしまった。
それからしばらく、ハリーと綾乃は何もしゃべれない状態が続いた。
と、少し落ち着いたハリーは何かを思った。
《富士吉田の警察からは、当然、田中星羅と澤井天鵬の実家にも悲しい報せが届けられるであろう。が、天命の本部にはどうだろう?天命は辞めてしまって、もう無関係と言っていた。ならば、天命本部には直接連絡は入らないだろう。彼らがこのことを知るのは、ニュースになってからだ・・・》
そう思ったハリーの頭に、突然、天命の本部で会った高野天翔のいたいけな顔が浮かんだ。
あの射るような眼差し、彼女は純粋に天地推命学のことを思い、同時に、そんな天命を去って行った従前の同朋である澤井天鵬のこの先のことを心配していた。
ハリーは、矢も楯もたまらず、天命の本部で会った高野天翔の名刺を見て、彼女のケータイに連絡を入れた。
「あっ、高野天翔さんですか?私、先日、天命の本部にお邪魔した占い師のハリーですけど・・・」
「ああ、何か?」
あきらかに警戒の色がにじんでいる。
「実は、いま富士吉田の警察から連絡がありまして・・・」
「富士吉田の警察?」
「これは、お宅とはもう関係がないと言われてしまうかもしれませんが、富士の樹海で澤井天鵬さんの死体とうちの田中星羅の死体が見つかったそうです」
「えっ?天鵬さんの・・・じゃあ、心中・・・」
「それが、どうやら二人は殺されて、心中を偽装されていたようなんです」
「心中の偽装ですって?そ、そんなぁ・・・それ本当なんですか?」」
「すみません。詳しいことは、まだ・・・でも、あなたにはぜひお知らせしておこうと思って・・・」
「私に?」
「あっ、いえ、その・・・なんだかあなたが澤井さんのことを心配していらしたみたいなので・・・」
「ハリーさん、これから山梨に行かれるんですよね」
「は、はい、いちおう・・・」
「私も、私も連れていって下さい」
「えっ?あなたも?」
「はい、私、もしかすると、天鵬さんのこと、すごく誤解をしていたかもしれないので・・・あんなにいい人だったのに・・・だから、私もぜひ連れていって下さい」
ケータイを切ったハリーは、天を仰ぎ、大きく溜息をついた。
・目 次
・プロローグ
・二人の占い師(1)
・二人の占い師(2)
・二人の占い師(3)
・第一の的中(1)
・第一の的中(2)
・第一の的中(3)
・第一の的中(4)
・第二の的中(1)
・第二の的中(2)
・第二の的中(3)
・第二の的中(4)
・第二の的中(5)
・第二の的中(6)
・相次ぐ失踪(1)
・相次ぐ失踪(2)
・相次ぐ失踪(3)
・相次ぐ失踪(4)
・悲しい結末(1)
・悲しい結末(2)
・悲しい結末(3)
・悲しい結末(4)
・悲しい結末(5)
・悲しい結末(6)
・悲しい結末(7)
・悲しい結末(8)
・悲しい結末(9)
・解けない謎(1)
・解けない謎(2)
※この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称は一部許可を受けたもの以外すべて架空のものです。