渋谷の父 ハリー田西の連載小説
「渋谷の父 占い事件簿 不死鳥伝説殺人事件」
〜相次ぐ失踪(3)〜
澤井天鵬の住むマンションは、環七の夫婦橋の近くにあった。「美人の耳そうじ」という風変わりな看板が出ている理髪店のあるビルの横の路地を、奥に入っていったところにある夫婦橋マンションという、築三十年近くはたっていると思われる古いマンションである。
二人は夫婦坂の交差点のところで落ち合った。
「お忙しいところを・・・」
「我々の商売は実はね、私、守秘義務があるので詳しいことまでは言えませんがね。いま例の海人ちゃんの誘拐事件を捜査に加わっているんですよ」
「ほーっ、というと、それも天命がらみですね。天命を媒介にして、天鵬さんや星羅の失踪ともつながってくるかもしれないな」
「やはりそう思いますか─────」
ハリーと藤島が天鵬の住むマンションを訪ねてみると、やはり天鵬の部屋からは反応がない。
日曜日で管理人室の入口の小窓には〈休み〉の札がかかっていたが、小窓の横のブザーを押すと、六十年配の管理人が顔を出した。
「なんです?」
「301号の相笠さんを訪ねて来たんだが、留守みたいだね。いつからいないかわからないかね?」
藤島が、訊ねた。
「ここ何日か留守をしているみたいだね。とにかく新聞やら郵便物がたまってポストに入りきらなくなってこぼれていたので、今朝がた溜まっていた新聞と郵便物を取り出してビニール袋に入れて、保管しておいたんだけどね」
という。そして、
「こちらに何も言わないで、こういうふうに突然何日も留守にされちゃうと、郵便受けはいっぱいになるし、困るんだよねぇ」
と、部外者のハリーたちにまで、ぶつくさ文句を言い、
「なんか用?お宅さんたちはどなたさん?相笠さんの関係者かい?」
と、ハリーたちをうさん臭そうな眼差しで見た。
すると、いかにも不審者を見るような管理人の口調に、自尊心が傷ついたのか、いきなり藤島が、お伴の格さんが葵のご紋の印籠を見せるように、警察手帳を示して、
「どなたさんって、警察だ。秘密裏に調べようと思ったんだが、仕方がない。これには殺人事件がからんでいる疑いがあるので、緊急に相笠さんの部屋に入りたいんだ。あんた、マスターキーで開けてくれ」
と、言った。
金色の旭日章がついた手帳の威力はすごい。特に、こういう分別臭いタイプの人間は、権力の前ではいっぺんにひれ伏してしまう。
「け、警察の方でしたか。殺人事件がからんでるというのは本当ですか?」
「ああ、もしかすると、中に死体があるかもしれんぞ」
「ひえーっ、そ、そんな・・・」
管理人は、何か後ろ暗いところがあるのか、急にアタフタし出すと、すぐさまマスターキーを持って小走りに澤井天鵬こと相笠律子の部屋に向かう。ハリーたちもその後を追った。
「ああいうタイプの管理人、案外スネに傷があるかもね。人間後ろ暗いところがあると、急にアタフタしだすもんなんだ」
「でも、こういう強引な手はあんまり使っちゃいけないんでしょ」
「まぁね。本当はこういう手を使って入っちゃまずい。でも、てっとり早いからついやっちゃうんですよ。警察にはだまっててね」
と、藤島は冗談ぽく言って、片目をつぶった。
が、やはり澤井天鵬は部屋にいなかった。
彼女の2DKの部屋には、ここしばらくは人の出入りがなかったように、生温かいカビ臭さが漂っていた。
藤島は、手袋をはめ、先頭に立って、部屋に上がった。
静かではあるが、部屋の中は、それとなく荒されていた。机や戸棚が乱暴に開け閉めされたようになっている。
「ハリーさんも、管理人さんも物に触らないようにお願いしますね」
藤島は、もはや観察力の塊のようになっている。
それにしても、いったい澤井天鵬はどこに消えたのだろう?
自ら失踪したのだろうか?
それとも何者かによって拉致されてしまったのだろうか?
「旅行にでも行ってるんじゃないですか?」
と、管理人が藤島のおうかがいをたてるように言った。
「ふん、だとすると、相当に大慌てだぞ。こんな家捜しするようにして旅行に行くか?」
「そ、そうですね」
と、その時、隣の部屋の中を検分していたハリーが、
「あっ、こんなところにプリンターとキーボードが投げ込んである」
と、開けっ放しになった押入れを指して言った。
「えっ、ということはこの部屋からもパソコンが消えてるわけ?」
「ええ、プリンターとキーボードは残ってるけど、パソコンがないですね」
「うーん、彼女が姿を消す時、一緒に持っていったか。それとも、誰かが持っていったか・・・まさか、パソコンの本体だけ持っていくわけないし、そうなると、この天鵬の失踪と星羅さんの失踪はいよいよ関係があるといえるぞ」
二本のバラバラな糸が、一本につながってきたような気がした。
「ハリーさん、澤井天鵬の実家はどこだったかわかります?」
「天地推命学のサイトを見たら、たしか福島県となっていましたね」
「福島か。念のために、福島県警経由で彼女の実家を捜してもらい、所轄から連絡をとってもらいましょう。もしかすると、失踪と言うのは、我々の取り越し苦労で、実家に帰っているかもしれないし、本人から何か連絡が入っているかもしれません。その上で、もし彼女の行方がわからない時は、向こうから捜索願を出してもらいましょう。で、この部屋もいちおう指紋をとって調べて見ましょう」
藤島は、急に忙しくなったぞというように、肩で大きく息をついた。
「あのぉ、何か、やっぱり事件かなんかなんですか?」
管理人がこわごわ訊ねた。
「ああ、現場保存だから、次に警察が令状を持って来るまで誰も入れたり、触ったりしないように。それから、あなたには改めてお話を聞くことがあるかもしれませんから、ここんとこ数日何していたかしっかり思い出しておいてもらいましょう」
藤島がそう脅かすように言うと、管理人は、「へっ」と言って、身を硬くした。
・目 次
・プロローグ
・二人の占い師(1)
・二人の占い師(2)
・二人の占い師(3)
・第一の的中(1)
・第一の的中(2)
・第一の的中(3)
・第一の的中(4)
・第二の的中(1)
・第二の的中(2)
・第二の的中(3)
・第二の的中(4)
・第二の的中(5)
・第二の的中(6)
・相次ぐ失踪(1)
・相次ぐ失踪(2)
・相次ぐ失踪(3)
・相次ぐ失踪(4)
・悲しい結末(1)
・悲しい結末(2)
・悲しい結末(3)
・悲しい結末(4)
・悲しい結末(5)
・悲しい結末(6)
・悲しい結末(7)
・悲しい結末(8)
・悲しい結末(9)
・解けない謎(1)
・解けない謎(2)
※この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称は一部許可を受けたもの以外すべて架空のものです。