渋谷の父 ハリー田西の連載小説
「渋谷の父 占い事件簿 不死鳥伝説殺人事件」
〜二人の占い師(1)〜
この世に生を受けた人間は、生あるうちに何をなすべきかという天が与えた
役割が決まっている。
それを天命という。
"死生命あり、富貴天にあり"、すべては天に委ねられている。
番組の司会を務めるフリーアナウンサーのケン橋本から、
「天外先生の天命とはなんですか?」
と訊かれた時、岡倉天外は、
「私の天命は人助けです。この世の悩める人を救うことにあります」
と、臆面もなく答えた。
ふつうの人間が口にすれば恥ずかしくなるようなセリフを、悪びれることもなく、いともあっさりと言ってのけるところが、彼のすごさでもある。
岡倉天外は今マスコミで絶大な人気を誇る占い師である。彼はここ数年、天地推命学、通称"天命"という独自の占術でめきめき売り出してきた。
彼の占いに従ってCDを出し売り出しに成功したアイドル歌手、彼から乗るなと言われた忠告を無視して乗った飛行機がエンジントラブルで事故、死の恐怖を直に体験するハメになったTVキャスターの話などが伝えられるにつれ、彼の名も一気に高まり、次々に出される彼の占いに関する著書はベストセラーに、テレビもこぞってスペシャル番組を放送するほどのブームとなった。
東亜テレビで毎週日曜日の夜七時から放送されている『岡倉天外SP 天命を知る!』もそんな天外の占いを主体にした番組である。
東亜テレビは、もともと一部でしか知られていなかった占い師・岡倉天外にいち早く目をつけてスペシャル番組を組み、今日の岡倉天外ブームを作り上げた仕掛け人ともいえる。
その『岡倉天外SP』は、当初単発のスペシャル番組としてスタートしたが、初回から20%を超える高視聴率をマークして、クールごとにスペシャル番組が制作されるようになり、ついに2年前からは週一放送のレギュラー番組に昇格した。
司会はフリーアナウンサーのケン橋本と局アナの菊池さつき、それにお笑い
タレントの今井イチローの三人が務め、過去に放送された番組における天外の占いがどこまで当たったかの検証を行った後、新たなゲスト出演者の身の上を天外が占うという構成である。
岡倉天外は、御年六十四歳。シルバーグレーの長髪で、眼光は鋭く、がっしりとした体格をし、還暦を過ぎても全体につやつやとした感じのする男で、いつもマオカラーのチャイナ服に身を包み、全体の風貌からすると、尊大にして傲慢、人助けをする善人というよりは、アクの強い時代劇の悪役スターといった面構えをしている。
しかも、彼のまわりには常に"四天女"という二十代から三十代の四人の女性の弟子たちが控え、彼をサポートしているが、四人はいずれも劣らぬ美女ぞろいで、そこには観る者に、単なる師弟の関係を越えた何かがあるのではないかという余計な想像を駆り立たせてしまうような雰囲気があった。
事実、ゴシップ好きな週刊誌の中には、『カリスマ占い師・岡倉天外と美人四天女との気になる関係?!』という特集を組み、艶福家の天外は四人の弟子すべてと男女関係にある、四人はすべて天外の愛人だと書くものもあった。
しかし、そうした浮世離れした逸話が逆に彼のカリスマ性を高めているといってもいいだろう。
事実、毎回、天外の登場にあたっては、登場口にドライアイスがふんだんに焚かれ、高らかな銅鑼の音とともに、その白い霧の海の中から、四天女を従え、天外が悠然と現れるという趣向だが、その度になにやら得体の知れない妖気のようなものが画面を通して伝わってくるのであった。
「相変わらずすべてを超越したように悠然と登場されました岡倉天外先生です!」
と、天外を迎えて司会の橋本が口火を切ると、狂言回し役の今井イチローが、
「天外先生、ここへきて、またごっつい家を建てはったそうでんな。先生の家を訪ねた人が国会議事堂と間違うたそうやないですか。ここだけの話、なんぼかかりましたん?」
とつっこみを入れた。
「はっはっは、いやいや、そんな大したことはありませんよ」
「もう、そんな大したことはありませんよじゃないですよ、ホンマに。先生!先生はいつも、私の天命は人助けやとおっしゃいますけどね、人助けして、儲かりはってるって、そら、人様から逆に助けられてるのと違いますか?」
今井がさらにつっこみを入れた。
「いや、いや、儲かる儲けるなんて議論は実に虚しいものです。たしかに、今、私は、ご支持いただいている皆さんのお陰で、多少の奢侈な暮らしはしておりますが、これとて一瞬の幻、やがては消える泡沫のようなものです」
「泡沫ですか?」
「ええ、私もいつかは死にます。死はまぬがれることのできない人の持って生まれた宿命です。それは不可避の未来、変えることのできないものなのです。ゆえに、私は、生あるうちに喜びも楽しみも、そして、悲しみも、すべてを享受し尽くしたいと思っているだけです」
「だからまぁ、先生はそないな具合に好き勝手なことされはってんのですね。でもね、先生、言っときますけど、あんまり好きなことばっかりしてると、僕みたいに借金地獄に陥りますよ。これ、ホンマですよ」
「あはは、私だってもう地獄は見たくないし、地獄に落ちたくもないですよ。もっとも私は人助けをするんだから地獄に落ちるわけがありませんがね」
岡倉天外は余裕の笑いを見せた。
それにしても、自分は地獄に落ちることはないと断言するとは、なんという自信、なんという傲慢さであろうか。───────
と、話が地獄のことに及んだ時だった。菊地さつきが、流れの中で、
「先生は今、もう地獄を見たくはないとおっしゃいましたけど、前に地獄を見たことがあるんですか?」
と訊ねた。その刹那に、天外の表情がにわかに険しくなったかと思うと、
「あります。それは遠い昔ですが・・・」
と、きっぱりと言った。
「ひえ〜っ、先生、地獄を見たことあるんですか?」
咄嗟に今井が大げさな声で反応したが、天外は、それに答える代わりに、大きく頷き、遠い過去の記憶をたどるように目を細めた。
「ということは、先生は地獄から舞い戻ったちゅうことですか?」
「はい。私は幼い時に幾多の地獄を見ました。それ以後の人生は、親も家族も家も、何もかもを失って、天涯孤独となりました。そこに、私の原点があります。私の天外という名は天涯孤独の天涯のそのまた外という意味です」
「う〜ん、そこが原点ですか・・・」
「はい。天の外よりのスタート、それはゼロの果てからのスタートです。天地推命学でいうと、私は命式に因果相殺といってゼロに始まり、ゼロに戻る宿命を持っているんです。すなわち私の人生は文字通りゼロから始まり、やがてゼロに帰すのです。また、この因果相殺は自己の為に永遠の富や栄誉を求めてはいけないのです。私は生涯、ひたすら人のために尽くし、奉仕する。畢竟、これこそが私に与えられた役割、天命なのです」
「ほーっ、それってずいぶん哀しい損な役回りですね」
「ホンマやで。疲れるだけやわ」
「いやいや、それはどこに価値を見出すかでしょう。人を救うということに関しては、私の天命なのでまったく負担にはならないし、疲れなど感じませんよ」
番組はそんなオープニングのやりとりを経て、以前の占いの検証コーナーとなり、さらにCMをはさんでゲストの有名人を占うコーナーへと移った。
・目 次
・プロローグ
・二人の占い師(1)
・二人の占い師(2)
・二人の占い師(3)
・第一の的中(1)
・第一の的中(2)
・第一の的中(3)
・第一の的中(4)
・第二の的中(1)
・第二の的中(2)
・第二の的中(3)
・第二の的中(4)
・第二の的中(5)
・第二の的中(6)
・相次ぐ失踪(1)
・相次ぐ失踪(2)
・相次ぐ失踪(3)
・相次ぐ失踪(4)
・悲しい結末(1)
・悲しい結末(2)
・悲しい結末(3)
・悲しい結末(4)
・悲しい結末(5)
・悲しい結末(6)
・悲しい結末(7)
・悲しい結末(8)
・悲しい結末(9)
・解けない謎(1)
・解けない謎(2)
※この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称は一部許可を受けたもの以外すべて架空のものです。