渋谷の父 ハリー田西の連載小説
「渋谷の父 占い事件簿 不死鳥伝説殺人事件」
〜二人の占い師(2)〜
この日のゲストは、四月にリリースしたTVドラマの主題歌がヒット中のロックミュージシャン、"MASAKI"こと田辺正樹であった。
MASAKIのようなロック系の大物アーティストがこの種のバラエティー番組に出るのは異例のことである。
当初はMASAKIも再三の番組への出演依頼を固辞し続けたらしい。
最近でこそ以前ほどではないが、もともとロック系のアーティストの中には、自らの音楽性を強調するために、テレビなどのメディアへ軽々しく露出するのを嫌う傾向があり、今でもそうした孤高のスタイルを徹底して貫いているアーティストも少なくない。ましてや、バラエティー番組ともならば、彼らが出ること自体、奇跡に近い。MASAKIもそんなテレビに出演させるのが最も難しいタレントの一人だった。
しかし、今回は、MASAKIが行う夏の野外コンサートを東亜テレビが主催していることや、新曲の出版権などのからみもあり、レコード会社や所属プロダクションから説得され、しぶしぶ番組に出演することになったという。
一方、制作サイドも、マンネリ化して来たのか、ひと頃に比べて視聴率にやや陰りが見えてきたこともあり、MASAKIの出演を是が非でも実現したいところであった。
そういう諸事情を含め、MASAKIは、この種のバラエティー番組の出演者としては、稀有な、画期的な人物であることは間違いなく、司会陣も、「テレビ界初!」とか「ありえない夢が現実に!」とか「史上空前の快挙!」など、考えうるだけの誇張した表現で褒め称えMASAKIを迎えた。
しかし、画面に登場した肝心のMASAKIには、いかにも気乗りのしない様子が出ていた。もっとも、そういう斜に構えたところはあくまでもアーティストとしてのポーズなのかもしれない。
「ついにMASAKIさんが来てくれました!」
と、司会の橋本が紹介しても、MASAKIは首を軽く縦に振って会釈らしきポーズを取ったものの、あとはサングラスをかけて横を向いたままである。
「さぁ先生、MASAKIさんという方をどう見ますか?」
橋本が、そういって天外に印象を求めた。
「この方は、よくいえば非常に繊細な方ですね。類稀なる芸術的なセンスをお持ちです。ただ、反面、大変神経質で気が小さく、ちょっとしたことでも気にしやすい怯懦な性格であります。慣れない場にいたると、自分の殻の中に閉じこもって自分を頑なに守ろうとするガラス細工のような脆さがある」
「うーん、MASAKIさん、天外先生はこう言われていますが、どうですか?」
「ふん。まぁセンスが良いと褒めてくれたのはうれしいけど、神経質で気が小さいというのはどうかな。オレは、自分じゃけっこう大胆で思いっきりがいい方だと思っているんだけど─────」
「ということは、天外先生の見立てが当たってないと言うんですか?」
「天外さんだかなんだか知らないけど、当たってる、当たってないの問題じゃないんだ。オレの性格は、この人がいったのと逆だね、悪いけど─────」
「先生、MASAKIさん、強硬に否定して来ましたよ。どうお答えになりますか?」
「ははは、自分を偽り、隠そうとする・・・それは実に空しく愚かなことです。また、仮にそんな自分に本当に気づいていないとしたら、そういう自分の真の姿を知るべきですね。そして、人の忠告に素直に耳を傾け、自分らしさに気がつき、自分らしく生きること、これが人をより高いステージに導き、成功へと誘うのですよ」
「成功?いや、オレは今でも十分成功してるよ。売れてるよ。けっこうビッグの端っこくらいになってると思うけど、なんか文句ある?」
天外の言い方に矜持を傷つけられたMASAKIは、挑発するような態度で不満を吐いた。
一方、天外は、そんなMASAKIの態度を、余裕で受け流しながら、
「あなたがおっしゃるんだからあなたは売れてるんでしょう。私は、今の音楽業界のことはまったくわからないからね。クラシックしか聴かないし・・・。ただ、これだけは言っておこう。気をつけた方がいい。あなたには、今、闇亡殺といって事故の暗示が出ている。万事にわたり万全の注意されるがよい。さもなくば、すべてが終わる」
と恐るべき予言を発した。それは一種の恫喝とも受けとれる強烈な意趣返しであった。
「闇亡殺?それって、どんな字を書くんですか?」
「闇に亡ぶと書きます」
「闇に亡ぶ・・・そら、おっそろしいなぁ。先生、事故って、どないな事故でっか?」
「うむ、今年の運命数が35なので、特に乗り物に注意といえる」
「乗り物。ということは、車とか飛行機とかですか?」
「空を飛ぶもの地を這うものすべてです」
天外は力強く断定した。
一方、きっぱりと事故予告をされたMASAKIの顔がやや強張る。
「MASAKIさんはたしか芸能界でも大の車好き、カーマニアとして通っていましたよね」
「ええ、まぁ、自慢してもしょうがないけど、いちおう車は大好きだよ」
「そういえば、A級ライセンス持ってて、フェラーリ乗ってはるんでしたよね。
それなら、モテモテやわ」
「でも、くれぐれも車の運転とかは気をつけた方がいいですよ」
「ああ、大丈夫だよ。オレは、こう見えても運転には自信があるんだ。A級ライセンスも持っているし、これまで一度だって事故なんて起こしたことがないんだ。スピードで捕まったことはあるけどね」
「でも、MASAKIさん、世の中に絶対ということはありませんからね。気をつけるにこしたことはないですよ」
「ふん、絶対がないというならさ、この人の占いだって、全部が当たっているわけではないでしょう?なら、かえって気にして事故起こすのがイヤだから、オレは信じないことにするよ。信じない。絶対にありえない!」
MASAKIは、天外の占いをバカにしたように言い放った。もともと出たくはなかったテレビ番組に嫌々引っ張り出され、その挙句の果てに事故を予告されてすっかり気分を悪くしてしまった様子が、画面を通してもはっきりと伝わった。
テレビの画面でこのやりとりを見る限りで判断すると、MASAKIという男は相当に自尊心の強い、いわゆる"イヤな奴"という印象を受けるが、実際彼と私生活でつきあいがある彼をよく知る人間によれば、彼はとてもやさしくてフレンドリーな男であるという。
おそらく、この番組に関していえば、番組の持つ一種異様な雰囲気や岡倉天外の威風たる様相に、彼の持つアーティステイックでデリケートな神経が過度に反応してしまったともいえるだろう。
「MASAKIさん、まぁあまり熱くならないでといちおう爪の先ぐらいは気をつけといてくださいね」
「ホンマですよ。天外先生の占いかて、全部が全部当たるちゅうわけやないですからね。全部が全部当たるなら、僕なんか先生の占い聞いて、競馬の馬券と宝くじ買って暮らしますよ」
「ホント、人生いろいろ、占いもいろいろですからね」
「なんや、それ、橋本さんまで!」
この日の番組は、なんとなくチグハグな雰囲気が漂う中、司会の3人が最後は笑いで盛り上げて終了した。
・目 次
・プロローグ
・二人の占い師(1)
・二人の占い師(2)
・二人の占い師(3)
・第一の的中(1)
・第一の的中(2)
・第一の的中(3)
・第一の的中(4)
・第二の的中(1)
・第二の的中(2)
・第二の的中(3)
・第二の的中(4)
・第二の的中(5)
・第二の的中(6)
・相次ぐ失踪(1)
・相次ぐ失踪(2)
・相次ぐ失踪(3)
・相次ぐ失踪(4)
・悲しい結末(1)
・悲しい結末(2)
・悲しい結末(3)
・悲しい結末(4)
・悲しい結末(5)
・悲しい結末(6)
・悲しい結末(7)
・悲しい結末(8)
・悲しい結末(9)
・解けない謎(1)
・解けない謎(2)
※この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称は一部許可を受けたもの以外すべて架空のものです。