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渋谷の父 ハリー田西の連載小説


「渋谷の父 占い事件簿 不死鳥伝説殺人事件」

〜解けない謎(2)〜

 朝8時30分、都内でも指折りの閑静な松濤の高級住宅街の一角にある天地推命学本部前に、サイレンを鳴らすことなく数台の警察関係の車が到着した。
 その頃、天命の本部の中では、高野天翔と北山天凛を始め幹部数名と石山弁護士らがようやく顔を揃えたところだった。
「大変なことになりました」
「どうしましょう」
「まずは、天外先生にご報告するしかないでしょう」
 そう言い合っているところに、玄関のチャイムが鳴った。
「警視庁の者です。本日未明、安藤天蘭さんが事故死された件について、天地推命学本部に捜査令状が出ております。中に入れていただきたいと思います。開けて下さい」
 総務担当の小林が、テレビカメラで確認すると、モニターの向こうに大勢の黒服の人間が写っていた。
「え、えらいこっちゃ。も、もう、警察が来た。大変です。大変です。皆さん、
警視庁が乗り込んで来ました」
「えっ、もう警察が・・・石山さん・・・」
「わかりました。ここは私が対応しましょう。それより天翔さんと天凛さんは天外先生を起こして、このことを伝えて下さい」
「わかりました」
 天翔と天凛は、すぐに岡倉天外の執務室に向かった。岡倉天外の執務室は天命本部の3階にある。広さは100uほどあって、その奥にはさらに150uほどの天外の寝室を兼ねたプライベートルームがあった。
「先生、天外先生」と、天翔と天凛は執務室の入口のインターフォンを使って何度か呼びかけを行った。
しかし、無反応である。そこで、部屋のドアをノックして再び声をかけたが、やはり返事がない。おそらく奥の寝室のベッドで眠っている天外には、軽いノックや掛け声は届かないといっていい。
しかし、今となっては、天外を起こさないわけにはいかない。そこで、天凛は機転を利かせて天外のケータイを鳴らしてみた。
が、呼べども天外が起きる気配がない。
「ダメだわ。起きて下さらないわ。天翔さん、こうなったら、事務室へ戻って、もう一度内線で連絡してみましょうか」
と天凛がじれったそうに言ったその時である。ドアノブに手をかけた天翔が思わず叫んだ。
「あっ、天凛さん、ちょっと待って。先生のお部屋、鍵がかかってない」
 天翔がドアを押すと、ドアは静かに開いた。天翔と天凛は顔を見合わすと、「失礼します」と小声で呟きながら部屋の中に入った。
 部屋の中はなぜか電気がついていた。
「あら、もう起きてい・・・」
と言った瞬間、天翔は天外の執務用のデスクを見て驚いた。
 見ると、がらんとした部屋の奥にある天外用の大机につっぷすようにして、天外が寝ていた。
「あらあら、昨日は相当にお疲れだったから、デスクでお仕事をされながら眠ってしまったのかしら?」
「先生!先生!お休みのところを失礼します」
 ところが、様子が変である。起きる気配がない。
「先生!先生!起きて下さい!」
 次の刹那、二人は顔を見合すと、期せずして叫んだ。
「誰かぁ、誰か来て下さい!」
 慌てて、天凛が事務室へ内線電話をかける。
「大変です、先生が倒れられて!救急車を、すぐに救急車を呼んで下さい」
 階下の事務室では、石丸弁護士らが藤島警視らと話し合いをしていたが、そこへ突然の知らせである。
 藤島は部下に119番に連絡をさせると、石丸らとともにただちに3階へと駆けあがり、執務室に駆け込んだ。
 そこには銀髪をなびかせて、デスクにつっぷした状態の岡倉天外と、泣きそうな顔立ちで天外の背中をさするようにして震えている高野天翔と北野天凛の姿があった。
「現場保存、現場保存だ!」
 誰かが大きな声を上げた。
「あったかい。まだ息はあるようだ・・・」
 井本刑事が言った。
「天外さんはいつも何時頃まで起きておられるんですか?」
 と、藤島。
「おそらくいつも明け方近くまでは執務をなさっていると思いますが・・・」
 と天凛。
「とすると、倒れてから最低でも5、6時間は経っているな」
「ギリギリでしょうか」
 見ると、デスクの上には薬が散乱していた。
「心臓の痛みを感じて、急に薬を飲もうとしたのでしょうか。これは?」
「先生は、心臓にご持病があって、しかも、このところの事件ですっかり体調を崩されていて・・・」
「まさか、自殺では・・・」
 井本が呟く。
「まだわからん。決めつけてはだめだ」
 藤島が井本を叱責した。そこへ救急隊が到着した。
 救急隊員は咄嗟の救命処置を施すと、慌てて天外を外へと搬出した。
 気がつくと、天外がつっぷしていたデスクに万年筆で何やら綴られた便箋が残っていた。
「あれは・・・」
「遺書かもしれないですね」
「えっ、遺書?」
 天翔が悲しそうに言った。
「そんなわけ・・・」
藤島は手袋をして、それを取り上げた。

 すべての原因は、この私にある。
 これは私がこの世に生を受けた時から背負って来た宿命に起因するのだ。
一連の事件について、私はまったく何も知らなかった。
すべてを見通せる占い師でありながら、何も気づいていなかった。
そればかりか、おのが力を過信し、傲慢になり、すべては運命が流れる
ままに事が運んでいると思っていた。
しかし、私の身内から・・・  

                  天外によって書かれた(らしい)文章はそこで終わっていた。
「途中で終わっていますね。途中まで書いて心臓の発作が起きたか・・・」
「うん」
「だとすると、これはやはり遺書でしょうか?」
 一緒にその書き置きを覗き込んだ井本が言った。
「・・・わからん」
 藤島は眉をしかめた。《まさか、これは本当に天外の遺した書き置きなのだろうか?途中で終わってはいるがこれが天外が書いた遺書だとすれば、一連の事件について、天外は首謀者ではなく、ある時点までは何も気づいていなかったということになる。それともあくまでも自分が首謀者でないと白を切ったまま、自らの命を絶とうとしたのであろうか?》
「えーと、天翔さん、でしたか?それからこちらは・・・」
「北山天凛です」
「ああ、天凛さん、ちょっとお二人から詳しいお話をおうかがいしていいでしょうか」
 藤島は厳しい顔をして言った。
「藤島さん、その聴取には弁護士として私も同席させていただいていいですね・・・」
 石丸がメガネのフレームを指で押し上げながら、天翔と天凛の肩を抱くように言った。

目 次
プロローグ
二人の占い師(1)
二人の占い師(2)
二人の占い師(3)
第一の的中(1)
第一の的中(2)
第一の的中(3)
第一の的中(4)
第二の的中(1)
第二の的中(2)
第二の的中(3)
第二の的中(4)
第二の的中(5)
第二の的中(6)
相次ぐ失踪(1)
相次ぐ失踪(2)
相次ぐ失踪(3)
相次ぐ失踪(4)
悲しい結末(1)
悲しい結末(2)
悲しい結末(3)
悲しい結末(4)
悲しい結末(5)
悲しい結末(6)
悲しい結末(7)
悲しい結末(8)
悲しい結末(9)
解けない謎(1)
解けない謎(2)

※この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称は一部許可を受けたもの以外すべて架空のものです。