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渋谷の父 ハリー田西の連載小説


「渋谷の父 占い事件簿 不死鳥伝説殺人事件」

〜相次ぐ失踪(1)〜

事件が進展も解明もされぬまま、時だけが流れていく。
そんな最中、海人ちゃんの誘拐事件どころではなく、ハリー田西の身の回りでも、一つの事件が起こった。
 ハリーは、都内の三ヵ所で仲間の占い師たちと運命鑑定所を経営している。
 そして、彼自身も、週に一回は、このどこかの鑑定所で鑑定にあたっている。
 この日も、午前中から渋谷・宇田川町にある鑑定所で鑑定をしていたハリーのもとに、事務所にいる綾乃から電話が入った。
「先生、今銀座のお店に出ている白蓮さんから電話が入って、今日は星羅さんが一緒に出るはずなのに、まだ来ていないというんです。星羅さんの携帯に電話をしたけど、電源も入っていないって・・・。それで、私からも自宅や携帯に電話をしてみたんですけど、やっぱり連絡が取れないんです」
「ふーん、それは変だな。昨日までは連絡がとれていたんだよね」
「ええ、昨日の夕方も私、電話で話しましたし・・・」
「うーん、何か事故とかに巻き込まれていなければいいけど・・・」
「ええっ、事故ですか?」
「うん、出がけに車と接触して病院に運ばれてるとかあるからね。えーと、彼女の実家は・・・」
「たしか八王子です」
「ああ、そうだったね。たしか野猿峠の近くだったかな?その八王子のご両親のところに何か連絡が入っていないかな」
「わかりました。ちょっと調べてみて連絡をとってみます」
「あ、ただご両親にはまだ星羅さんと連絡がとれないとか、あまり大げさに言わないほうがいいね。無用な心配をかけるといけないから・・・」
「わかりました」
「僕のほうは、これから彼女のマンションに行ってみることにするよ」
 ハリーは、一緒に出ていた仲間の安部明焦に後を頼み、中目黒にある田中星羅の住むマンションへと向かうことにした。
 その途中、ハリーがなにげなく自分の携帯を見ると、昨夜のうちにメールが一通届いていた。気づかなかったが、それはなんと星羅からのメールだった。
(なんだ、メールが入っていたんじゃないか)
 ハリーが少しホッとしながらメールを開けてみたが、本文が何もなかった。
空メール?なぜ?
もしかすると、星羅の身に何かが起こり、せっぱ詰まった彼女は慌ててハリーにSOSのメールを送ろうとしたのだろうか?
 ハリーはいやな胸騒ぎを覚えた。
 と、それからしばらくあって、ハリーの携帯が鳴った。再び綾乃からだった。
「先生、星羅さんの実家に電話をしてみました」
「おぅ、どうだった?」
「それが、本人からは何にも連絡はないって」
「そうか、弱ったな」
「それでね、先生。私、パソコンで星羅さんのブログを開けてみたんです。彼女は毎日のように日記を更新しているから、何か書いてあるかと思って。そうしたら、昨日は何も日記を書き込んでないんです」
「ほーっ、ということは、どういうこと?昨夜は、日記を更新できないような状況にあったということだね」
「そうだと思います」
「うーん、わかった。ありがとう」
「あっ、私も、今からそちらに向かいます」
「えっ、綾乃ちゃんも来るの?」
「ええ、先生、私が行かなくちゃ埒が開かないでしょう」
「埒が開かない?ははは、君は難しい言葉を使うね。どうかな。ま、待ってるよ」
 綾乃のちょっぴりえらそうな言い方に苦笑しながら電話を切ったハリーは、しばし考えをめぐらせた。
 星羅の身にいったい何が起こったのだろう?
 彼女はマンションにいないのだろうか?自室で急病に倒れ、電話にも出れないような状態なのではないのだろうか?
 それとも、どこかへ消えてしまったのだろうか?
ハリーは、東横線に乗り、中目黒で降りた。
星羅の住むマンション、オリエントコート中目黒は、目黒区役所の裏手にあった。
 マンションの入口はオートロック式で、エントランスで部屋番号をコールしてから、訪問先の相手に開錠してもらわなければならない。
 ところが、インターフォンで何度呼んでも返事が返ってこない。星羅はやっぱり留守なのだろうか?
 ハリーは管理人に事情を話し、3XX号室の星羅の部屋を開けてほしいと頼んだ。
 しかし、神経質そうな顔をした初老の管理人は、
「田中さんはお出かけなんじゃないですか?お留守の間に部屋を開けろと、見ず知らずの方にいわれてもできませんよ。ましてや、お宅さんは男性でしょう?」
 と取り合ってくれない。
 そこをハリーは、
「僕は、たしか彼女がここの部屋を借りる時の保証人になっているはずなんです。管理会社で書類を調べてもらえばわかります」
 と、いって、くいさがった。
 マンションのエントランスで、ハリーと管理人がそんな押し問答をしているところに、タクシーで綾乃が到着した。
「先生、どうですか?」
「ああ、綾乃ちゃん。それがね、今、こちらの管理人さんにわけを話して、星羅の部屋に入れてもらおうとしていたんだけど、なかなか事情をわかってもらえなくてね・・・」
 ハリーが困ったようにいった。
管理人は、
「そらぁ、あなた、規則ですから、いくら知り合いだなんだと名乗られたって、女性の部屋にやたらな方を入れるわけにはいきませんよ」
 と、相変わらず杓子定規な言い方を繰り返す。
 すると、綾乃が、にっこり微笑みながら、
「おじさん、ほら、私、時々、田中さんのところにおじゃまする来宮綾乃といいます。覚えてませんか?」
 と、言った。
「ああ、前にシュークリームを差し入れてくれたお姉ちゃんか」
「うん、そうそう、覚えててくれた?あのビアードパパのシュークリーム、美味しかったでしょう?行列が出来るお店なのよ。あっ、ところで、おじさん、あのね、田中さんに電話をしても通じなくて困ってるの。彼女の身に何かあったのかもしれないのよ。もしかしたら高熱を出してうなっているかもしれないし、場合によっては死んでるかも・・・」
「えっ?死んでる?お姉ちゃん、物騒なこと言わないでおくれよ」
「だから、おじさん、一緒に彼女の部屋に行ってみてくれないですか。ダメですか?」
 綾乃は、人なつこそうな表情を浮かべて、訴えるように、言った。
「うーん、お姉ちゃんの頼みじゃ仕方がないか」
 綾乃に微笑まれた管理人は、ようやく重い腰を上げると、二人を伴って、3XX号室へ向かった。
 綾乃は、どうだというように、ハリーに片目をつぶって合図を送りながら、
「先生、やっぱり私がいないと埒が開かなかったでしょ」
 と、小声で言った。
「ふん、この場合は、埒というよりは鍵だろう?」
三人でエレベーターで三階に向かう途中、綾乃は、
「警察にも電話をして訊いてみたんですが、昨日から今日にかけて、田中星羅さんに該当するような人間がからんだ事故や事件の報告はないって言ってました」
と、ハリーにこれまでの報告をした。
 管理人が合鍵で3XX号室のドアを開ける。三人で星羅の部屋の中に入った。広めのリビングを持つ1LDKの部屋である。
「星羅さん、星羅さん、いますか?綾乃です」
 もしかしたら、星羅が倒れているかもと思いながら、綾乃はそーっと声をかけた。
「ニヤァーゴ」
 次の瞬間、横から猫が飛び出してきて、ハリーたちの前を横切った。星羅の飼い猫のエルメスだった。
「あっ、エルメス・・・エルメス、ママはどこ?」
 しかし、星羅の姿はどこにもない。
「いませんね。やっぱりお留守なんじゃないですか」
 と、管理人が、訝しげに言った。
「変だなぁ。急用ができて、どこかに出かけたのかなぁ。それならば、絶対に連絡が入るはずなんだけど、彼女は真面目な人だから、仕事をすっぽかすなんてことは絶対にないですもんね」
 綾乃の言葉を肯定するように、ハリーが言葉をつないだ。
「先週の日曜日に勉強会に来てくれた時は、これといって変わったところはなかったよね。こう見ると、部屋の中が荒されていないので、いちおう自ら姿を消したという線が強いけど、でも、少し変なところもある。猫がお腹を空かして残されているし、ここに宅配便の不在通知が残っている。普通なら、業者に電話をして届け物を受け取ってから姿を隠すんじゃないかな。それに・・・ほら、ポットの電源も入ったままになっている。旅行に出かけるとしたら、普通は電源を切っていくよね。それに、カーテンが半分開いているのもおかしいな」
 ハリーはわずかな間にそういう細かいところまで観察していた。
「そのほか、綾乃ちゃんは、この部屋の中を見て何か気がついたことはないかい?」
「そうですね・・・」
 といって、顎の下に手をやって部屋を見回した綾乃は、突然、あることに気がつき、声をあげた。
「パソコンがない!ほら、そこ、プリンターだけが残ってる」
「えっ?パソコン?パソコンがないって?」
「ええ。彼女はデスクトップ型のパソコンを使って、自分のホームページを作ってるんです。その肝心のパソコンが置いてあるところにないもの」
「ふーん、パソコンがないか・・・そりゃ変だね。重いパソコンを持って失踪するはずがない。そら、夜逃げだ」
「夜逃げ────?家賃は滞ってませんが・・・」
 と、管理人がトンチンカンなことを言った。
 すると、綾乃が、
「あれ、ここにキーボードが置いてある・・・ということは、パソコンの本体だけ持って行ったんだわ・・・でも、なぜ?」
 と、言った。
「うーん・・・」と、うなって、ハリーは頭の中の思考回路をめぐらせた。
(ということは、パソコンを持ち出したのは星羅自身かもしれないが、別の誰かが持ち出したのかもしれない・・・それも本体だけ・・・ということは・・・?)
 そして、
「パソコンは重いし、女性が一人で運び出せるほど軽くはない。ということは、きっと誰かが、星羅と一緒にパソコンを外へ運び出したか、誰かが星羅を拉致し、パソコンも持ち去ったのかもしれない」 「でも、なぜです?」
「うん、もし星羅が自ら姿を消したのではなく、何者かに拉致されたとすると、星羅を拉致した人間は、よっぽどパソコンを調べられたくないってことだろう。いずれにしても、これには事件性がある」  ハリーは、その場で八王子に住む星羅の両親に再び電話をかけて、星羅の部屋の状況を報告した。
そして、星羅の両親から警察に正式に捜索願を出してもらい、改めて警察に単なる失踪ではなく、拉致など事件性のある疑いも考えられるので、改めてこの部屋の検証をしてもらうようと頼んだ。 「うーん、拉致されたとすると、こりゃいよいよ埒が開かないぞ」
 ハリーのダシャレが聞こえなかったのか、あっさり無視したのか、綾乃は知らんぷりな顔をして、主人とはぐれたエルメスを抱き上げ、
「カワイチョウに・・・エルメスちゃん、ママがお留守の間はしばらく私が面倒をみるからね」
 と、言った。
 中に迷子札でも入っているのだろうか、首から可愛いニットの袋を下げたエルメスは、人懐っこそうに綾乃にじゃれついた。
「まったく迷子札をつけてるおまえじゃなくて、ご主人様の星羅さんの行方がしれなくなっちゃうんだものねぇ」
 それにしても田中星羅は、いったいどこへ消えてしまったのだろう?



目 次
プロローグ
二人の占い師(1)
二人の占い師(2)
二人の占い師(3)
第一の的中(1)
第一の的中(2)
第一の的中(3)
第一の的中(4)
第二の的中(1)
第二の的中(2)
第二の的中(3)
第二の的中(4)
第二の的中(5)
第二の的中(6)
相次ぐ失踪(1)
相次ぐ失踪(2)
相次ぐ失踪(3)
相次ぐ失踪(4)
悲しい結末(1)
悲しい結末(2)
悲しい結末(3)
悲しい結末(4)
悲しい結末(5)
悲しい結末(6)
悲しい結末(7)
悲しい結末(8)
悲しい結末(9)
解けない謎(1)
解けない謎(2)

※この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称は一部許可を受けたもの以外すべて架空のものです。