HOME > 渋谷の父 ハリー田西の連載小説

渋谷の父 ハリー田西の連載小説


「渋谷の父 占い事件簿 不死鳥伝説殺人事件」

〜第一の的中(3)〜

MASAKIの衝撃的な事故死から三日ほどたった木曜日、ハリーの事務所に警視庁捜査第一課の藤島と名乗る人間から電話がかかってきた。
「ちょっとお話をうかがいたいことがあるので、これからそちらにうかがってもいいですか」
電話を受けた綾乃は、警視庁の者からの電話と聞いて仰天し、昼食をとりに
出かけたハリーのケータイを鳴らすと、
「先生、大変です!警視庁の捜査第一課の藤島という方から電話で、聞きたいことがあるので事務所にうかがいたいって言ってます。先生、警視庁ですよ!こんどはいったい何をやらかしたんですか!」
と一気にまくしたてた。
ハリーの昼食は、たいてい事務所の入っているビルの一階にあるWestというカフェレストランでとることが多い。何かあればすぐに戻れるからというのが理由だが、そんな理由などおかまいなく、ハリーはヒマを持て余すと、しょっちゅうWestで、ママやママの娘の美園を相手に世間話をしていることが多いのだ。
そんな束の間の息抜きのひとときを、綾乃からのけたたましい連絡で破られたハリーは、
「まぁまぁまぁ、綾乃ちゃん、ちょっと落ち着いてよ。こんどはいったい何をやらかしたって、人聞きの悪いこと言わないでよ。第一、警視庁っていわれても、僕は警視庁のお世話になるようなことは何もやってないから安心してよ。で、その人、いつ来るって?」
 と、あくまでも冷静に答えた。
「だから、先生のご都合は?って言うから、いま電話を待ってもらってます」
「ああ、そうなんだ。いま電話を待ってもらっているんだね?わかった。それじゃあ、すぐに来ていただけるならOKと伝えてくれる?」
ハリーはそういって電話を切ると、Westのママに、
「なんだか警視庁の捜査一課の刑事だかなんだかが来るっていうから・・・」と言って、腰を浮かせた。もうとっくに食事はすんでいたのだ。
「まぁ警視庁の刑事が?ハリーさん、こんどはいったい何をやらかしたんですか」
「えっ?こんどはいったい何をやらかしたのかってママまでへんなこと言わないでよ。僕は別に何もやってませんよ」
「うそ、うそ。相手は天下の警視庁ですよ」
「だから、なんですか?」
「警視庁といったら、ほら、そこの渋谷署なんかじゃなくて、よく刑事ドラマとかに出てくる本庁っていうやつでしょう?」
「うん、まぁ所轄の警察署はあくまでも出先機関で、ドラマの舞台というとたいてい本庁の警視庁のほうだよね」
「それよ、それ。そんなところから連絡が来るなんていうと、ハリーさん、これは駐車違反がどうたらとかいうレベルの問題じゃないですよ」
「まぁね。そんなことはわかってますよ」
「だからぁ、ほら、もしかしてあなたが東横線の中で痴漢をしたのがバレたとか・・・」
「あちゃぁ・・・ママ、そんなこと冗談でも言わないでよ。ただでさえ、僕は満員の東横線に乗る時は、痴漢に間違われないようにって、いつも肩より上に両手を挙げて、バンザイみたいな格好で乗るようにしてるっていうのに・・・」
「まぁ、あなた、いつもそんな格好して乗ってるの?あらやだ、それって、すごく疲れるでしょう?」
「いや、ママと話しているほうがよっぽど疲れます。ほんじゃ、戻ります」
   そういって、ハリーがほうほうの体で事務所に戻って来ると、こんどはこんどで、綾乃が、
「先生、ホントに、ホントに、ホントに大丈夫なんですか?」と心配そうに、念押しをするように訊ねてきた。
「ん?大丈夫って、何がさ」
「だからぁ、今から見えるのは捜査第一課の人なんですよ。捜査第一課は殺人事件を扱う部署なんですよ」
「そんなこと言われなくても知ってますよ。でも、なんで僕が殺人事件に関係しなくちゃいけないのよ」
「だから、たとえばハリー先生の占いの予言で誰かが死んじゃったとか?」
「そ、そんなバカな!」
「・・・ですよねぇ。それじゃあ、このあいだの岡倉天外の予言みたいですもんねぇ」
「ん?!岡倉天外の予言?岡倉天外の予言ねぇ・・・待てよ、綾乃ちゃん、これ、その線もあるなぁ」
「はぁ?」
 ハリーは、藤島という警察官が自分を訪ねてくる理由(わけ)をあれこれ考え、綾乃の何気ない一言からMASAKIの事故死の一件にたどり着いた。
「だとすると、僕に何が聞きたいのかな?うーん・・・あっ、今日は丁亥の日か・・・日運に天中殺が回ってるぞ。ああ、なんか厄介な話じゃなければいいけど・・・」
「先生、私、入口に結界を張っておきましょうか?」
 萬年暦を見ながら嘆息したハリーを、綾乃が苦笑しながら冷かした。

この日は、朝から空全体が厚い雲に覆われ、陽が差さないわりに、やたらにムシムシとして、動くだけで汗がジトッとにじみ出てくるような日だった。警視庁がある桜田門から渋谷までなら30分もあればやってくるだろう。
果たして、三十分ほどたった頃、ハリー運命学研究所に藤島が一人で姿を現した。
藤島は脱いだ上着を手に持って、ハンカチで大量にふきだした汗を拭っている。何かその姿を見ただけで、ハリーや綾乃まで暑くなってしまう。
「藤島です」
 と、言って差し出した名刺には、

 〈警視庁捜査第一課管理官 警視 藤島皓〉

とあった。
「管理官というと・・・」
「はぁ、まぁ管理職というか・・・現場の刑事たちを束ねて管理するような役どころです」
藤島管理官は、四十八歳のハリーよりもやや下といった年回りで、身長は180cm以上はあろうか。ラクビーとか柔道でもやっていそうな剛健な体つきをしているが、その逞しい体の上に、ややたれ目の憎めない顔がちょこんと乗っている。ちょっとアンバランスな感じもするが、どこか人を捉えて放さない不思議な魅力を持っていた。
ハリーは、この人も、いざという時は、鬼のように怖い形相で殺人犯を逮捕するのだろうかと、とっさにそんな場面を想像して、笑みを浮かべた。
「申し遅れました。ハリー田西です。そして、彼女は」
「先生の助手の来宮綾乃です」
 綾乃は自ら手を差し出して、藤島に握手を求めた。
「わあ〜っ、ごっつい手。手にタコが出来てる。私、本物の刑事さんてお会いするの初めてなんです。テレビのドラマでしか見たことないもんで・・・でも、身体もおっきくて熊みたいで、強そうですね!」
「そりゃ、どうも」
 藤島は思わず苦笑いを浮かべた。
「管理官で警視さんていうと、どのくらい偉いんですか?」
 綾乃が好奇に満ちた表情で尋ねた。
「いや、偉いとか、そんな大したもんじゃないですよ」
「綾乃ちゃん、警視といったら、警部の一つ上の階級だよ。警察官の階級は、下から巡査、巡査長、巡査部長、警部補、警部と来るから、藤島さんはその上にいる偉い方なんだよ」
「そうなんですか。すっごーい!でも、その割には部下の若い刑事さんとかがついてないんですね?」
「いや、そう言われてしまうと困るんですが・・・私はもともと私は管理職なもんで、ドラマのようにペアで事件の捜査にあたるということはないんです。それに、もともと思いたったら一人で突っ走っちゃうほうで、何か気になることがあると、矢も楯もたまらず単独で動いてしまうんです」
「きっと藤島さんが動くと誰も止められないんでしょうね」
「まぁ、そんなところです」
藤島は少し照れて微笑んで見せた。
「それより、私の方こそハリー田西なんていうから、ハーフの方かと思いましたよ」
「いや、これは占い師としての名前です。ま、一種の芸名です。いろいろいわれはあるんですが、昔っから何をするのも早い、気も早いし、早飯早グソなんとやらでハリーって呼ばれてたもんで・・・」
 と、ハリーがやや下品な説明すると、藤島は、
「なるほど。私がメグレ警部にあやかってマグレ警部とかつけるのと同じようなもんですね」
 と、レベルの低いダシャレで応酬した。
 綾乃は、そんな親父ギャグが飛び交う様を、ややうんざりしながら冷めた目で見ていた。
「占いの研究所というからどんなところかと思いましたけど、ここは普通の事務所と変わらないんですね」
 藤島は、警察官らしく研究所の内部を探るように見回した。研究所といっても、十坪ほどの一ルームの部屋で、そこに簡単なパーティションで仕切られたスペースがあり、壁にしつられた本棚には、さまざまな占いの書籍が詰まっていて、その前には鑑定所で使うのだろうか、看板の類が段ボール箱に入って無造作に置かれていた。
「ていうか、普通の雑然とした事務所でしょ。藤島さんは、もっと別の雰囲気を想像してましたか?」
 と、ハリーは苦笑いを浮かべながら言った。
「ええ、何か占いというと、星占いのグッズとか水晶の玉とかがあって、紫のヴェールかなんかがかかってて、何かプラネタリウムというかね、とにかく神秘的なインテリアに囲まれたところを想像してきたんですが・・・」
「それは鑑定所のブースでしょう?もちろんここでも鑑定をしますが、原則は事務所や占い教室のスペースとして使っていますから・・・。そのぉ、なんなら下の喫茶店に行きますか?下の店のコーヒーってけっこう美味しいんです」
「先生!ダメですよぉ。刑事さん、ハリー先生は下の喫茶店のママさんの娘さんがお気に入りで、何かっていうと理由をつけてコーヒーを飲みに行っちゃうんですよ」
「そんなことないよ」
「いや、私はここでけっこうですよ」
そういって藤島は、ソファーにどっかりと腰を下ろすと、
「早速ですが、週刊新時代の編集長をやっている大学の後輩の松井君に誰か占いに詳しい研究家を紹介してほしいと頼んだら、あなたを推薦してくれたもんでね」
 と言った。
「ああ、松井さんね。以前、週刊新時代で『不況に強い占い師』という企画をやった時に、知り合いました。僕は、不況になっても別に儲かっていないのでと辞退したんです。ただし、占い、運命学の研究ということでは、ある意味でオタクですから何でも訊いて下さいって」
「へえーっ、せっかく新時代で紹介してくれるというのを断ったんですか。もったいない」
「でしょう?藤島さんもそう思いますよね」
「はぁ、儲かっていないなら、逆に出ることで宣伝になるチャンスともいえますからね」
「ええ。でも、僕は、本当に有名になるとかそんな気がないんです。それで仲間の占い師を紹介させてもらいましたけどね。そうしたら、あなたは無欲で面白いって。それで、銀座に呑みに誘われました」
「ははは、あいつらしい」
「ちなみに、藤島さんって占いにまったく興味がないっていうか、もともと占いなんて信じないタイプの人ですよね」
「えっ?そんなことがわかるんですか?」
「ええ、顔にちゃんと書いてあります」
 と、ハリーはすました顔で言った。ハリーがあまりにシラッとした顔をしていうので、藤島は思わず顔に手を当てたほどだ。
「ウソですよ。藤島さんって純粋な人だなぁ。僕、そういう人、好きです」
 ハリーは少年のようないたずらっぽい笑みを浮かべて言った。藤島は少し顔を赤らめた。
「この事務所に入ってらした時の態度、人相、そして、握手のために開いた時に垣間見た手相から、まず藤島さんのおおよそを判断させてもらいました」
「はぁ・・・」
「藤島さんの手相は、思い込んだら一直線のマスカケの持ち主。しかも、生命線とマスカケになっている知能線、感情線が離れている大胆で行動力のある人。他人の言うことを聞かない猪突猛進タイプと見ました」
「うーん、悔しいけど当たってる。読まれてますね」
「しかも、手のタコは柔道、剣道とも、相当な手練だとお見受けします」
「いちおう柔道五段、剣道は六段です」
「すっごーい!」
 コーヒーを入れて運んできた綾乃が大げさに驚いたので、藤島もやや自慢げに肩を聳やかした。ハリーは、そんな藤島に親近感を抱きながら、
「そんな他人の言うことを聞かない、しかも占いを信じていないという一課の管理官が、占い師の僕のところに話を聞きに来るなんていうのは、よっぽどのことですよね。
いったいどういう風の吹きまわしなんでしょうか」
 と訊いた。
「まいったなぁ。でも、そこまで読めるあなたなら、相談に来た甲斐があるってもんです。実はですね、今世間を騒がせているMASAKIというタレントの死亡事故の件なんですが・・・」
「やっぱり」
「ほーっ、それもわかったんですか?」
 藤島の用件はやはりMASAKIの事故死にからんだことらしい。ハリーは藤島の問いかけには答えず、
「でも、あれは交通事故で、殺人事件を担当する捜査一課の持ち場ではないのでは・・・?」
 と、言った。
「まぁ、そうなんですけどね・・・」
 藤島はいったん言葉を濁して、言い澱んだ。
「実は、今日速達で、本庁あてにワープロ打ちしたこんな短い手紙が届いたのですよ」
 藤島警視は上着のポケットから、四つに折りたたまれたA4版の手紙のコピーを取り出し、ハリーに見せた。

 〈MASAKIの事故は単なる事故ではなく、仕組まれた殺人である。再調査すべし〉

 その紙にはそう記されてあった。
「差出人は不明。封筒には東京中央郵便局の消印が押してありました。念のために指紋が残っているかどうかを調べてみたんですが、手袋を使って書いたのか、見つかりませんでした。私も最初は単なるイタズラかと思ったのですが、刑事のカンというやつでしょうか、そのうちなんだか妙に気になりましてね。それで個人的に少し調べてみようと思ったわけです」
「うーん、単なる事故ではない仕組まれた殺人・・・たしかに気になりますね」
 ハリーもつい真剣な表情になった。
「でも、あの事故は雨とスピードの出しすぎによるスリップ事故だということで結論が出ているわけでしょう?」
「ええ。碑文谷署の調べではそうでしたね」
「それを、あえて殺人だというからには、誰かが事故が起きるように、車のブレーキに何らかの細工をしたとかいうんですか?」
「そういう解釈もあるわけですなぁ」
「でも、そうした形跡はないわけですよね?」
「ええ、ブレーキは正常な状態だったようです」
「とすると、あとは、運転中のMASAKIの身に何かが起こったか、ということかな?」
「はい。実は今回うかがったのはそのことなんです」
 藤島は、そこまでハリーを誘導するように話を進め、いよいよ本題に入った。
「たとえば、唐突な言い方ですが、呪いとか超能力とかで人を殺したりということは可能でしょうか?」
「はぁ?」
「つまり、今回の事故は、例の今騒がれている占いに絡んで、呪いとか超能力とかといった超自然的ものによって引き起こされた事故、また殺人ではないかとは考えられませんか?」
「まさか!」
 と、ハリーは思わず声を上げた。
「そりゃあまりに非科学的だ」
「そうですよね。そりゃそうだ。自分で言いながらばかばかしいと思うんだから。でも、占い師のあなたから、そんなふうに言下に否定されるとも思わなかったなぁ」
 藤島はややヘソを曲げたようにぼそぼそと呟いた。彼からすれば、この科学万能の時代に、非科学的、かつ非現実的な疑問を携えて、のこのこ占い師のところへやってくる自分に、やや後ろめたさを感じていただけに、ハリーの一言は正面からグサッと来た。それでも気を取り直して訊ねた。
「率直にいって、どうなんですか?呪いとか超能力で人を殺すことは可能なんでしょうか?」
「その質問は難しいですね。人を呪いや超能力で殺せるかということは、それ以前に呪いや超能力というものは存在するかということでもありますからね」
「じゃあ、質問を変えましょう。呪いや超能力というのは実際に存在するものなんですか?」
「僕は、あると思います。ただし、それで人が殺せるか、今までそれによって殺人が実行されたのかというと、これは確証がありません」
「たしかに日本にも昔から丑の刻参りなどという呪いの行為がありますよね?」
「はい、丑の刻に藁人形に五寸釘を打ち込むというやつですね」
「そうです」
「この丑の刻参りは古くから行なわれており、鎌倉時代後期に書かれた裏平家物語として知られる屋代本『平家物語』〔剣之巻〕にも登場します」
「ほーっ、鎌倉時代から・・・」
「ただ、それで本当に人が呪い死んだかは確証がないのです」
「ふーん、じゃあ、呪いはやっぱりあくまでも迷信なんでしょうかねぇ」
「アメリカには有名な"テカムセの呪い"というものがあります。これは偶然というべきか、その後、かなり不吉な事件が連続して起こっています」
「テカムセの呪い?初めて聞きますね。なんですか、それは?」
「はい。アメリカの先住民族の酋長テカムセがかけたもので、この呪いによって、一八四〇年から一九六〇年までの間に、20で割り切れる年に選出された
アメリカ合衆国大統領は、第九代のウィリアム・H・ハリソンを皮切りに、
エブラハム・リンカーン、フランクリン・ルーズベルト、ジョン・F・ケネディなどなど七人の大統領が在職中に死亡したといういわゆる"大統領の呪い"と呼ばれるものです」
「それはマジですか?」
「はい。それを偶然と片付けていいのかどうかは、これも証明されていないわけなんですが・・・」
「たしかに・・・。でも、そんなことが実際にあったんですかぁ───」
 藤島は、思わず生唾を飲み込んだ。
「まあ、呪いで人を殺すと、そこまで強いものではないとしても、人の想念によって何かが引き起こされるというのは、ある面では否定できない事実だと思います」
「というと、今回の事故はそういう超自然的な力によって引き起こされたという可能性も何%かはあるということですね」
「ええ。もちろんこのような解明不能な超自然的な力はともかく、催眠術や洗脳のようなものでも何らかの事故は引き起こせるともいえますからね」
「なるほど、催眠術とかを使ってね」
「ただ、正直にいって、今回の事故にそういうものが介在していると考えるのは、例の占いがあったとしても、それはあまりに荒唐無稽で早計な判断だと思います」
「というと?」
「今回の事故の背景にある岡倉天外氏の予言は、あくまでも占い、占術であって、その占いの結果を引き起こす呪術ではないと思うからです」
「なるほど、なるほど────」
藤島は、頷きながらも、頭の中でハリーから聞いた話を整理しようとするかのように、難しい顔をして黙り込んだ。
 その沈黙を破るように、ハリーは、
「それにしても、この手紙はいったい誰が出したかですね」
 と言った。
「はい。文面からすると、投書の主はこの事故の目撃者か、殺人だと断定するだけの事情を知っている人間ということになります」
「でも、目撃者や事情を知っている人間ならば堂々と名乗り出て、警察に事故の状況を説明すればすむはずですよね」
「ええ。でも、きっとごく近い関係者なのか、それが出来ない事情があるんでしょう。まぁいずれ誰が出したのかはつきとめていきたいと思います」
 藤島はきっぱりと言った。
「正直、私は子供の頃から、さっきハリーさんに看破されたように、占いとかまったく信じていなかったんですよ。いや、失礼なことを言って申し訳ない」
「いや、別にかまいませんよ」
「占いは信じていないが、ただ今回の事故の根っこにはあの岡倉天外の占いがある。偶然の一致かもしれないが、彼の占いが当たってしまった。それは、いくら占いを信じない私でも無視できないし、長年の刑事のカンって奴でしょうか、その裏には何かあると感じるんです」
「藤島さんの言いたいことはなんとなくわかりますよ」
「率直に言って、どうなんですか?占いというのはこんなに当たるものなんですか?当たっていいんですか?」
「そう言われても困りますがね。昔から当たるも八卦、当たらぬも八卦といって、当たることもあれば当たらないこともある。人生いろいろ、占いもいろいろです」
「なんですか、それ?」
 藤島は首をひねった。そして、
「先生の占いはどうなんですか?」
 と訊ねた。
「どうとは?」
「当たるんですか?」
「どうですかねぇ。当たるかなぁ」
「藤島さん、失礼ですよ。ハリー先生の占いは岡倉天外なんかよりよっぽど当たりますよ、プンプン」
 ハリーの曖昧な答えに、綾乃がたまらず横から口を挟んだ。
「はは、しっかりした助手をお持ちのようですね。ナイス・フォローだ」
 藤島は、綾乃のフォローに思わず苦笑いを浮かべた。
そして、話の矛先を変え、ハリーに、
「この岡倉天外氏の使う天地推命学というのはどんな占いなんですか?」
 と訊ねた。
「基本的には四柱推命や算命学と同じ干支暦を使った占いですが、そこに天外氏が独自に研究開発したという数理法を組み合わせることによって、因縁や人との係わり方、運気の流れや吉凶を見ているようです」
「それが今当たり続けているというわけですね」
「いえ、実は、全部が全部100%当たってるというわけではないんです。ただテレビの視聴者とかファンというのは、三つはずしても一つ当たるとそれよしとしてしまうところがあるんです。またテレビやマスコミもことさらその当たった部分だけを強調して伝えますからね。今回は、たまたまそれが衝撃的な結末を伴って当たったことから、大騒ぎになっているんだと思います」
「なるほど。だとすると、やはり呪いだの超能力だのと騒ぐのも行き過ぎですね」
「だと思います」
「うん。大変参考になりました。ありがとうございます。おそらくまた話を聞く場面が出てくるかもしれません。その時は、ぜひ協力して下さい」
 藤島はそう言うと、慌しく立ち上がり、帰りかけ、ドアのところまで行くと、
「こんどは、ゆっくり私の運勢でもみてもらいに来ますよ」
 と言った。
「でも、藤島さんは占いを信じないんじゃ?」
「いや、当たるも八卦、当たらぬも八卦、人生いろいろ、占いもいろいろでしょう?鰯の頭も信心からというやつですよ。じゃあ失礼します」
 ハリーは、(オレの占いは鰯の頭か?)と思った。
 そんな藤島が帰ってしまうと、綾乃が待ち構えていたように、言った。
「先生、あの人、鰯の頭が真珠とかって言ってたけど、あれって、豚に真珠の間違いじゃないですか?」
「そりゃ、真珠じゃなくて信心からって言ったのさ」
「シンジン????」
 そこに、ハリーの顧客で、毎月のように相談にやってくる篠田夫人が予約鑑定にやってきた。
「こんにちは!」
「ああ、篠田さん、こんにちは!」
 綾乃が弾んだ声を上げる。
「綾乃ちゃん、これ、おみやげ」
「わぁーっ、駅前のニシムラ・フルーツパーラーの・・・いつもすみませんね。高いのに・・・」
「いいのいいの。そりゃそうと、いまここから出てきた男の人、いたでしょ?」
「ええ」
「あの手の輩は気をつけた方がいいわよ」
「えっ?なんでですか?」
「あの手は、絶対、暴力団関係の人間よ。私、わかるんです」
「本当ですかぁ・・・キャハハ、篠田さんって面白い!」
 ハリーは、笑うに笑えず、急に机の上の書類をそそくさと片付け始めた。



目 次
プロローグ
二人の占い師(1)
二人の占い師(2)
二人の占い師(3)
第一の的中(1)
第一の的中(2)
第一の的中(3)
第一の的中(4)
第二の的中(1)
第二の的中(2)
第二の的中(3)
第二の的中(4)
第二の的中(5)
第二の的中(6)
相次ぐ失踪(1)
相次ぐ失踪(2)
相次ぐ失踪(3)
相次ぐ失踪(4)
悲しい結末(1)
悲しい結末(2)
悲しい結末(3)
悲しい結末(4)
悲しい結末(5)
悲しい結末(6)
悲しい結末(7)
悲しい結末(8)
悲しい結末(9)
解けない謎(1)
解けない謎(2)

※この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称は一部許可を受けたもの以外すべて架空のものです。