渋谷の父 ハリー田西の連載小説
「渋谷の父 占い事件簿 不死鳥伝説殺人事件」
〜第一の的中(2)〜
吉村は、再び床につくことなく、そのまま朝を迎えた。
朝方までに前夜の雨は上がり、久々に五月晴れと呼べる初夏の好天が広がっていた。雨の恵みと初夏の陽射しを受けた木々の緑は一段と鮮やかさを増し、そこからこぼれた香りが南風に乗って鼻腔を妖しくくすぐる。そこには未明の悲劇の欠片をいささかも感じさせないような明るさが漂っていた。
午前十時。本来ならば休みの日になっていたが、非常事態ということであたふたと出社した吉村は、通用口から廊下、エレベーターと制作局に向かう間、会う人間会う人間から、「大変なことになりましたね」と声をかけられた。
「ふん、何が大変なことになりましたねだ」
ややうんざりしながらデスクにたどりついた吉村を待っていたように、制作局長の渡会和則からお呼びがかかった。
制作局長の渡会は、かつて東亜テレビでヒット番組を立てつづけに当てた"伝説の"ヒットメーカーであり、その徹底した数字至上主義の性格は"鬼の渡会"と呼ばれて怖れられ、ここ一、二年のうちには取締役にという声も出ている現場上がりの実力者である。
特に、彼は何が当たるか、何が大衆にウケるかを嗅ぎ分ける臭覚が鋭く、東亜テレビが一般的には無名であった岡倉天外に目をつけ、世に出したのも、彼の先を読む力によるところが多かった。
「すごいな。ものの見事に天外の予言が当たってしまったじゃないか」
渡会のデスクに駆けつけた吉村に、渡会は不謹慎にも苦笑いを浮かべながら言った。
「ホントですね。よく当たりましたね」
「ふん!ひとごとみたいにいうな。で、どうするんだ」
渡会が突き放すように訊ねた。
「どうするって、とりあえず収録してある番組を順番通りに放送するのも変ですので、二十八日分は生放送にして、この事故を検証でもできないかと考えているんですが・・・」
「うん。そうだな。それは私もありだと思う。でもな、もうひとつ手がある」
「もうひとつ?」
「ああ」
「というと・・・?」
「うん。ここ数日のうちにはMASAKIの葬式が行われるだろう。それに合わせて、当日生でMASAKIを追悼する天命SPの緊急特番をぶつけるってのはどうだ」
「えっ?生で特番ですか?」
「生だってVだっていいんだ。とにかく葬式の日に特番をぶつけるんだ」
「すごいですね」
「どうだ、数字優先からいえば、そいつが一番だろう」
「ですね。いまや看板のナイター中継では数字がとれない時代で、ゴールデンの数字を上げるのは会社の至上命令ですからね」
「ということだ。まぁ、急に特番を作れっていうのも大変だと思うが、やってみる気はあるか?」
「やれっていうならやりますよ。いや、是非やらせて下さいっていうべきかな」
吉村は、番組の評判を上げ、自ら一気に追い風に乗るチャンスだと思ったのかニヤリとした。
東亜テレビは、現在ライバルの新日本テレビと熾烈な視聴率争いをしている。
そんな局を挙げてのイケイケムードの中で、人気番組『岡倉天外SP』のプロデューサーとして、このところ上の人間の信頼も厚い吉村は、この機会をさらなる出世の糸口にしたいと思ったのだ。
「ただ、吉村、いちおうお前の耳に入れておくがな、会社の一部にはこんなときは逆に放送を自粛すべきだという声もあるんだ」
「自粛ですって?ということは放送をするなということですか?そんなバカな!そりゃどういうことですか?」
「うん。偶然にせよ、予言で何か起こるといわれた人間が二人も死んだんだ。モラルからいっても、それを興味本位に取り上げて放送すべきではないというわけだ」
「誰がそんなことを言っているんですか?」
「立花常務だ。さっき私のところに電話があったよ」
常務取締役の立花雄一は、東亜テレビの系列新聞社である東亜新聞出身の役員だった。
「あの人は活字の人間ですからね。すぐモラルがどうとか倫理がどうとか、テレビは公器だからどうあるべきだとか理屈をいうし、困ったもんです。所詮、新聞屋にはテレビのことはわかりませんよ」
「そう言いなさんな。私もそういう声は聞かないことにしようと思っているがね」
「大丈夫ですか?」
「まぁ、こじれた時は常務を飛び越えて社長に話すさ」
「いまのとこ社長は局長の言いなりですもんね。ぜひ、そうして下さい」
「おいおい、言いなりだなんてバカなこと言うなよ」
「すみません。言い過ぎでした」
吉村は、頭をかきながら言った。
「ところで、吉村・・・」
渡会はあたりに人がいないのを確かめ、急に声を落としてささやいた。
「君、別にMASAKIに何かしたとかいうことはないだろうな」
「えっ?MASAKIにですか?もちろん何もしていませんよ」
「いや、なに、こう予言が見事に当たっちまうと、つい気を回して、いろいろ考えてしまうもんだ。でも、本当に大丈夫だね?」
「はい。そりゃ私も正直心の中では、死なないまでも、予言が当たって事故ればいいと思いましたよ、まぁちょっと不謹慎ですけどね。でも・・・」
吉村は、メガネの縁を指で押さえて、やや声をひそめるようにして、続けた。
「MASAKI本人と事務所の社長には、うちの番組はあくまでもバラエティーだから気にするな。でも、いちおう天命の予言はよく当たることも多いので気をつけるにこしたことはないと電話はしておきました」
「つまり、心理的なプレッシャーを与えたわけか」
「まぁ結果的にはそうなるのかもしれませんが、MASAKI自身は、あの後会ったら、あんな占い当たるわけないよと笑っていましたよ。だから、逆にそれがプレッシャーになったのかどうかはわかりませんね」
吉村は、だからMASAKIの死は、あくまで偶発的なものだというように、笑ってみせた。
「まぁいいだろう。ともかく、こうなるとやっぱり生で特番をやるしかないな」
「ええ、当然ですよ。局長、今回の事故で次の放送は確実に30%は行くでしょうし、いや40%超えも夢じゃないですよ。こんなチャンスをみすみす逃す手はありませんよ。その点、一番インパクトが強いのは、局長のおっしゃるように、葬儀当日に生放送で特番をやるのに限りますよ」
「40%越えか・・・大きく出たな。ま、ここんとこ数字も一時に比べてやや伸び悩んでいるし、ま、これが新たな起爆剤になるかもしれんしな」
「ええ、局長、やりましょう。ぜひやらせて下さい」
吉村は渡会に頭を下げ、葬儀当日に生放送の特番を放送させてくれと頼み込んだ。
「これも天外ふうにいうと、天が与えてくれたチャンスなのかもしれないな。よし、わかった。オレがなんとかする。その代わり、熱いいいものを作れ」
そういって、渡会はにっこりと笑った。
そして、この日の午後、MASAKIの所属事務所から、MASAKIの葬儀が五月二十五日木曜日に、青山斎場で行われると発表された。
それを受けて、最終的には島田幸三社長の決断の下、東亜テレビでは、MASAKIの葬儀当日、夜七時から二時間枠で『緊急特番・岡倉天外SP』が生放送されることが決まり、吉村以下、『岡倉天外SP』班の制作スタッフは、すぐさま出演者のスケジュール調整と長いミーティングのために会議室にこもり切りとなった。
・目 次
・プロローグ
・二人の占い師(1)
・二人の占い師(2)
・二人の占い師(3)
・第一の的中(1)
・第一の的中(2)
・第一の的中(3)
・第一の的中(4)
・第二の的中(1)
・第二の的中(2)
・第二の的中(3)
・第二の的中(4)
・第二の的中(5)
・第二の的中(6)
・相次ぐ失踪(1)
・相次ぐ失踪(2)
・相次ぐ失踪(3)
・相次ぐ失踪(4)
・悲しい結末(1)
・悲しい結末(2)
・悲しい結末(3)
・悲しい結末(4)
・悲しい結末(5)
・悲しい結末(6)
・悲しい結末(7)
・悲しい結末(8)
・悲しい結末(9)
・解けない謎(1)
・解けない謎(2)
※この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称は一部許可を受けたもの以外すべて架空のものです。