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渋谷の父 ハリー田西の連載小説


「渋谷の父 占い事件簿 不死鳥伝説殺人事件」

〜相次ぐ失踪(2)〜

 厚い雲が垂れ込めた不穏な日曜日だった。
 前日から行方がわからなくなっている田中星羅の消息は、依然つかめなかった。
 いてもたってもいられなくなったハリーは、ふと思い立って、先日ハリーの事務所へ訪ねてきた時に、名刺をもらった藤島管理官の携帯に電話を入れ、田中星羅という仲間の鑑定士の行方が、昨日からわからなくなっていると告げた。
 たった一回しか会ったことがなかったが、ハリーは藤島に妙な親近感を持ったからだった。
「その星羅さんというのは、どんな方です?」
 電話口で藤島は、ハリーに冷静な口調で訊ねた。
「繊細で、線が細いというか、ちょうどローランサンの絵に出てくる女性のようにノーブルで淡い感じのする女性です」
「はあ?ローランサンの絵?すいません。私は絵とか芸術とかにはさっぱりの朴念仁なもんで・・・あのもう少し具体的に言ってもらえると助かるんですが・・・」
「あっ、これは失礼しました。えーと、本名は田中悠子。東京の八王子市の出身で、年齢は三十六歳。職業は、占い師。現住所は目黒区中目黒四丁目のオリエントコート中目黒の6XX号室です。いま言ったように神秘的というか、非常に繊細な感じのする美人の女性です。昨日から突然連絡がとれなくなってしまい、仕事場にも姿を見せません。
実家の両親にも連絡は入っていないそうです。それで、昨日、彼女の部屋に行ってみたのですが、部屋にあるはずのパソコンも彼女と一緒に消えているんです」
「ほーっ、面白いな。本人がパソコンと一緒に消えているねぇ。で、そのパソコンってノート型なんですか?」
「いえ、デスク型です」
「デスク型かぁ。そりゃ何かあるな。デスク型なら、そこそこ重いからね。仮に持ち出すにしたって、女性の腕力じゃ大変でしょう」
「はい。星羅にはそんな体力はありませんよ」
「で、しょう?そのローランサンの絵みたいな人ですもんねぇ。うん、その失踪には、きっと何かがあるとしか考えられないな」
「で、いちおう八王子のご両親のほうから捜索願を出してもらってあります」
「それは手回しがいい。わかりました。私のほうで所轄の目黒署にあたってみましょう」
 一時間後、藤島から電話があり、目黒署による捜査の状況についての報告を受けた。
 いちおう単なる失跡ではなく事件性があることも考えられるという届出だったので、目黒署の方で彼女の部屋を調べてくれたらしい。それによると、部屋からはいくつかの指紋が検出されたが、過去の記録にあるものはなく、ほとんどが星羅自身のものであったし、リビングのテーブルやパソコンが置いてあったと思われる周辺からも、それらしい指紋が検出されなかった。
 ついでに、机や物入れの中も念入りに調べられたが、失踪につながるような手紙などの類もまったく発見できなかったという。
また、マンションの住民の聞き込みの結果、星羅が失踪した十九日の午前一時ごろ、彼女の部屋の右隣とちょうど真下の階にある部屋の住人が、何やら大きな物音を聞いているが、深夜であり、争う声や悲鳴が聞こえたわけでもないので、そのままやりすごしたと証言している。
 さらに、マンション周辺での不審者や不審な車の目撃情報は得られていない。
 ということは、おそらくさまざまなデータは消えたパソコンの中に詰まっていたのだろう。
 とりあえず星羅の部屋は調べたが、このままでは、星羅が自ら失踪したのか、何か事件に巻き込まれ拉致されたのかは断定できず、行方不明者の捜査としては限界があり、通常の家出人捜査の扱いしか出来ないかもしれない。
 ハリーは藤島からそう知らされた。
「申し訳ないが、警察という組織はね、何か確実に事件がからんでいるという証拠がないと、それ以上動けないんですよ。パソコンが持ち出されたといっても、本人が持っていったのかもしれないしね」
「わかりました。もう少し、僕らなりに調べてみることにします。そのうちひょっこり姿を現すかもしれないし・・・」
「そうであってくれるといいんですが・・・。あっ、それからね。ローランサンの絵というのをネットで見てみましたよ」
「すごい!行動が早いですね」
「あんな感じの人ですか。なんとなく雰囲気はつかめましたよ。こちらも何かわかったことがあったら、そちらへ知らせることにします」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 そういって電話を切ったハリーだが、心は晴れず、かえって空虚な気持ちが広がった。
 打つ手に詰まったハリーはサイコロを振って易をたてた。ふつう易占は筮竹を使い、算木を置いてゆくが、簡易にサイコロやコインでも占うことができる。

 坎為水 

 ハリーの顔がみるみる曇り険しくなった。非常に悪い卦だ。不穏な黒い水が底知れぬ不気味さをたたえながら流れている。やがて、すべてがこの渦に飲み込まれ、翻弄されてしまうという不安が広がった。この卦を見る限り、星羅は明らかに何か事件に巻き込まれているのだ。
 ハリーは、考えた。この迷宮の果てには何があるのか?もつれた糸をほどく方法とは何か?
 星羅の失踪、持ち去られたパソコン・・・
 その時、ハリーの頭に、ふと、前に星羅が語っていた話が浮かんだ。

(彼女、相笠さんといって、昔、易学の学校で一緒だったの。今は澤井天鵬という鑑定氏名で活動しているの。今でもよくメールをしている友達よ)

星羅の失踪、持ち去られたパソコン、そこにつながる次のキーワードはメル友の澤井天鵬?
だとすると、その先にあるのは・・・?
そうひらめいたハリーは、ネットで天地推命学のサイトを検索し、アクセスしてみることにした。

(あなたを幸せ桃源郷に導く天地推命学の世界へようこそ・・・)

 まずは、ここから切り込んでいくしかない。
 ハリーは、《四天女のプロフィール》のページを開いた。
 安藤天蘭、松本天龍、澤井天鵬、高野天翔・・・これだ!

(澤井天鵬  四天女第三位。福島県白河市出身。幼少時から霊感が強く、周易、断易、気学、手相、人相、四柱推命などを習得後、不思議な縁に導かれ、師である岡倉天外と邂逅。純粋な心を持つ天地推命学きっての良識派であり、一門の発展のために寄与している)

 たしか、以前星羅が語っていた通りの純粋で真面目な人物らしい。
 彼女にアプローチしてみるしかないか・・・。
 ハリーは、思い切って天地推命学の本部へ電話をかけた。
 このへんのハリーの決断力と行動力は、ハリー(急ぎ)の名の通りであり、そのスピーディーな行動は、時として失敗もおかすが、チャンスにもつながる。
「はい。天地推命学本部でございます」
 電話には女性が出た。彼女も例の四天女の一人なのだろうか?
「もしもし、私、中野と申しますが、五天女の澤井天鵬さんをお願いします」
 ハリーは、偽名を使った。
「澤井天鵬ですか?失礼ですが、お宅さまは、どちらの中野さまですか?」 「はい。実は私は、天鵬さんと以前易学の学校で一緒に学んだ者ですが、その頃の仲間の集まりがありまして、天鵬さんとぜひ連絡がとりたいのですが」
 ハリーは、天鵬の易学の学校時代の同級生と偽って、天鵬に接近しようと試みた。
 仮に、それがウソだとバレても、星羅のことだといえば天鵬もちゃんと対応してくれるだろうと思ったのだ。
 ところが、電話に出た女性からは、意外な答えが返ってきた。
「澤井天鵬は、辞めました」
「辞めた?辞めたって、お宅の天地推命学を辞めたということですか?」
「はい」
「どういうことですか?だって、先週もテレビに出演されていたし、今もおたくのホームページを見て、確認をして、電話をしたばかりなんですよ」
「ええ。急に辞めることになったのもので、まだホームページを直していないのです。テレビは前に収録されたものですし・・・」
「どうして、また・・・なぜ辞められたのですか?」
「さぁ?私は事務のものですから、よくわかりませんが、個人的な事情だと思いますけど」
「うーん。困ったな。あのぉ、天鵬さんの連絡先とかはわかりませんか?」
「少々、お待ち下さい」
 電話はしばし保留になった。
 しばらくして、再び出てきた彼女が電話口でこう言った。
「上の者にうかがいましたら、天鵬の方からの申し出で、外から連絡があっても、連絡先は教えてくれるなといい残して辞めたそうです。また、当方でも、個人情報の保護の立場から、それを曲げて教えることは出来ないということです」
 彼女は、上から言われたことを機械的にそのまま伝えているという態度が、みえみえだった。
 しかも、個人情報保護法を持ち出されたらかなわない。ハリーはあっさりと引き下がることにした。
 それにしても、田中星羅を捜す手がかりになるかもしれない澤井天鵬が、天地推命学を辞めてしまうとは?
 なぜ?果たして、彼女が辞めたことと、星羅の失踪はつながっているのだろうか?
 ハリーは考えた末、再び藤島管理官へ電話をかけた。そこに藤島の気を引きそうな(天地推命学)というキーワードを見つけたからである。
「何度も電話をしてすみません」
 ハリーは、謙虚な口調で語り出した。
「いえ、私でかまわないなら、何度電話をされたきたってかまいませんよ。捜査の時は、逆にこっちがうるさいくらいに電話をして恨まれることもあるくらいだから。で、どうしましたか?」
「いなくなった田中星羅の件なんですが・・・」
「うん、何か動きがありました?」
「実は、偶然かもしれませんが、ちょっと面白いことがわかったので、藤島さんのお耳に入れようと思って」
「ほーっ、どんなことです」
「星羅は、天地推命学の澤井天鵬という岡倉天外のお弟子さんとよくメールのやりとりをしていたらしいんです」
「なに?あの天命の岡倉天外の弟子と?メールのやりとりを?ほほーっ、たしかにそれは面白いな」
 岡倉天外の弟子と聞いた藤島は、案の定、敏感に反応した。電話の向こうで身を乗り出すようにしているのがわかる。
「それで、その天鵬という人に聞けば、何か星羅についてわかるのではないかと思って、僕のほうで、天地推命学の本部に電話をかけて、天鵬さんを呼び出してもらったんです」
「ほぉ、やりますね」
「そうしたら、なんと、彼女は、突然、天地推命学を辞めていなくなっていたんです」
「辞めた?突然辞めていなくなった?それはどういうことですか?」
「だから、彼女は天命を脱会したそうなんです」
「ふーん、脱会ねぇ。なるほど。それで今どこに?」
「だから、その後の行方がわからないんです」
「わからない?わからないとは?」
「辞めた後のことは関知していないのでわからないというんです」
「そりゃ、あまりに不親切だな。で、彼女の連絡先とか電話はわからないんですか?」
「ええ。天命側に彼女の連絡先を聞いたんですが、あちらさんもなぜかガードが固くてそれも教えてくれないんです。個人情報保護法まで持ち出されまして・・・」
「ふーん、その天鵬さんが辞めたということには、何かわけがありそうですね」
「でしょう?僕も何かありそうだと思うんです。そして、これは僕のカンですが、それが星羅の失踪にもつながっているような気がするんです」
「ほーっ、何かピーンと来るものがありましたか?」
「ええ。確証はないけど、僕の占い師としてのカンでそう感じるんです」
 ハリーは、藤島を動かすべく、あえて占い師としての自分のカンを強調した。藤島も、そんなハリーの思いを感じたのか、
「わかりますよ。そのカンっていうのが大事なんですよ。私にも刑事のカンっていうのがありますから」
 と言った。
「わかりました。その天鵬という人のことはこちらで調べてみましょう」
「大丈夫ですか?」
「なーに、三十分もあれば、彼女の自宅ぐらいわかりますよ。わかんない時は、天地推命学の本部に警察だと電話して聞きますから、安心して下さい」
「すみません。お忙しいのに申し訳ない」
「いや、後で話しますが、その星羅さんの失踪の件は、私がいま動いている事件にも、もしかするとつながってくるかもしれないのでね。ちょっと、待てて下さい」
 そして、きっちり三十分後、藤島から再び電話がかかってきた。
「ハリーさん、澤井天鵬の自宅がわかりましたよ。大田区の北馬込のマンションです」
「北馬込・・・というと、環七の夫婦橋の近くかな?」
「はい。それと、自宅の電話も携帯の番号もわかりました」
「すごい!さすが警察ですね」
「日本の警察をなめちゃ困りますよ。でも、自宅も携帯も、こちらからかけてみたんですが、出ませんね。家にはいないし、携帯も通じない。やっぱり変です」
「それって、まるで星羅の身の回りで起こっていることと同じ状況ですよね」
「うん、たしかに。で、どうです。これから、彼女の自宅に行ってみませんか?」
 と、藤島が性急に言う。
「行ってみて、どうにかなるんですか?」
「なるかもしれないし、ならないかもしれない。でも、刑事というのは、ムダだと思っても、とりあえず手がかりを求めて動いてみるしかないんです」
「そりゃ結構な習性だ。動いてくれといっても動かない警察とか最近批判されてるわりには、さっきのローランサンの件といい、藤島さんはフットワークが軽いですね」
 ハリーが半分冷やかしまじりに言うと、
「ああ、体重は少々重いけどね」
 と、電話の向こうで藤島が苦笑しながら自嘲気味に言った。



目 次
プロローグ
二人の占い師(1)
二人の占い師(2)
二人の占い師(3)
第一の的中(1)
第一の的中(2)
第一の的中(3)
第一の的中(4)
第二の的中(1)
第二の的中(2)
第二の的中(3)
第二の的中(4)
第二の的中(5)
第二の的中(6)
相次ぐ失踪(1)
相次ぐ失踪(2)
相次ぐ失踪(3)
相次ぐ失踪(4)
悲しい結末(1)
悲しい結末(2)
悲しい結末(3)
悲しい結末(4)
悲しい結末(5)
悲しい結末(6)
悲しい結末(7)
悲しい結末(8)
悲しい結末(9)
解けない謎(1)
解けない謎(2)

※この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称は一部許可を受けたもの以外すべて架空のものです。